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批判精神と親友でありたい

ニュースや本の感想をつらつらと書いていくブログです。もし宜しければ、コメントをお願い致します。

Tokyo trial

東京裁判について調べている。

 

・参考文献

『世界がさばく東京裁判 85人の外国人識者が語る連合国批判』 Tokyo Trial as judged by intellectuals 佐藤和男 監修

『「東京裁判」を読む』 半藤一利 保坂正康 井上亮

 

気になった点 第1章 知られざるアメリカ人による<東京裁判>批判

において戦争は「違法」でもなく「犯罪」でもないとされている点だ。

p68国際法の専門家佐藤和男教授の引用

国際法では、戦争そのものは、「決闘の法理」に基づいて合法とされてきている。騎士または紳士が、自己の名誉を賭けて、あるいは意地のために相互に決闘(duel,private duel)を行うとき、人格平等なる両者の間では、道義的ないし法的優劣を評価し、決定することは、困難である。(中略)国家は、国民の福祉と利益を求めて、国際法により認められた自己保存権を行使しつつある過程で、他国との利害関係の衝突を余儀なくされ、しかも、平和的手段を通じては、満足すべき解決を実現できない局面に逢着することが、決して稀ではない』と。

軍隊同士(そもそも軍隊でないと戦場にいかない?)の戦争は合法とし、戦争の勝者が平和条約を自国に有利な内容で締結することによって自国の意思を敗者に強制することを認めてきた。各国には「戦争権」がある。

戦争権→開戦権と交戦権に分けられる

A国がB国に宣戦布告(開戦宣言)を行った場合、B国の意思にかかわらず、戦争状態を生じさせられる(state of war)権利

そして自動的に交戦状態になり、両国が講和条約を結ぶまで国際法上は戦争状態。

 

つまり日本が憲法9条をいかに前面に押し出そうとも、交戦状態にはなる。

また、交戦法規には次のようなものがある。

最重要なのは、一般住民、非戦闘員には危害を加えてはいけないというもの。対象は軍隊のみ。つまり戦争の相手同士ということらしい。(p70~)

 

精神的武装解除

1943年一月のカサブランカ会議にて、ルーズベルト大統領は以下の武装解除構想を示した。

『「無条件降伏政策は」この戦争の最終目標をドイツ、イタリア、及び日本の無条件降伏を求めることであり、世界平和を合理的に保障することを意味する。無条件降伏はこれら三国の哲学そのものを破砕することである。』つまり、敵国の政治制度の抜本的改革、さらに進んで敵国の哲学を破砕、そして現行の日本国憲法を押し付けられた。

事前に法律を定められていない裁判で日本が裁かれ、アメリカが罪刑法定主義を規定した憲法を渡されるとは皮肉である。

なぜか?

米大統領ルーズベルト、英首相チャーチルソ連首相スターリンで「すべての戦争犯罪人を正当かつ迅速に処断する不動の方針」が明らかにされていたもの、ここには連合国の戦争犯罪人は含まれなかった。また、パル判決(『パル判決書(上)pp.239~240)でも『戦勝国もまた戦争法規に違反した自国の国民にたいする裁判権を独立公平な国際裁判所に進んで引き渡す用意があって然るべきである』と述べている。

 

また、法制度が相互に違うにも関わらず、連合国が戦犯のために国際軍事裁判所を設立するのは前例がなく、当時の国際法の観点からいっても無理があった。しかしアメリカ代表ジャクソンの元「欧州枢軸諸国の重大戦争犯罪人の訴求及び処罰に関する規定」が結ばれ、ニュルンベルク条例が起草。

ここに通常の「通例の戦争犯罪」以外にも

①「平和に対する罪」と「人道に対する罪」を戦争犯罪とする

枢軸国指導者は即決処刑ではなく国際軍事裁判所方式によって処罰される

③国家が犯したこれらの犯罪について、政府の責任者など戦争指導者と目される個人が刑事責任を追及される

④「共同謀議」罪を導入する

といった従来の国際法では規定されていない概念が導入された。

法治主義国家においては、遡及的立法の禁止は刑法の基本原則の一つとなっている。

 

国際法という文明は圧殺された」(パール判事

 

 

p64

 

p83『勝者によって~きわめて当然である。』